Ⅳ 無知の暴露/真実の暴露 5-1

山中秀行は、翌日に国定徹の第3回目の公判を控えていた。

やるべきことは十全にしていたが、なにせ好材料は皆無に等しかった。

先日、刑事の萩原慎太郎から渡された高山彦三郎のメモも、残念ながら何かの役に立つとは思われなかった。

仕事を終えた山中は、帰宅途中、家の近くにあるおいしいと評判のケーキ屋に入った。

山中はそこで加代と待ち合わせていた。

その日は、亜沙子の誕生日だった。

山中が店に着くと、加代がカウンターで何かをしていた。

「加代、何してるんだい?」

「あ、お父さん、お帰りなさい。お店の人がね、手書きのメッセージを書いてくださいって」

加代はチョコレートのプレートにペンのような、中からホワイトチョコレートが出てくるもので文字を書いていた。

「おお~、なかなかうまいじゃないか」

「そうでしょ?・・・こうやってね」

加代は英語で“HAPPY”と“BIRTHDAY”を2段に書き、その下の左隅に“to”と書いた。

そして、最後に亜沙子の名前を書き始めた。

「・・・あ、あ~入らなくなっちゃった・・・どうしよ」

「どれどれ・・・」

山中が覗き込むと、“to”の隣に、カタカナで『アーチ』と書かれており、その右にはもうチョコのプレートはなかった。

「アーチになっちゃった・・・どうしよ」

「まあ、かわいくていいよ・・・そこにさ、その下に小さく『ャン』って書いておけばいいよ」

「大丈夫かな~、あーちゃん、怒らないかな?」

「大丈夫だよ、あーちゃんは怒らないよ。笑って許してくれるよ、アーチャンがアーチになったってさ・・・?・・・アーチ・・・」

山中の中で、何かが閃いた。

「そうか、そうだったのか・・・」

山中は人目もはばからず呻き声をあげた。

「何?お父さん、大丈夫?」

山中が普段は見せないような表情でうなっているので、加代は不安そうに尋ねた。

「うん、大丈夫だ。ちょっと電話してくるから、お金払っておいてくれ」

山中は加代に財布を渡すと、店を出て携帯を取り出した。

掛けた相手は萩原慎太郎だった。

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