Ⅱ 疑惑への疑惑 1-1

夏を思わせるような厳しい暑さの5月だった。

弁護士の山中秀行は、前橋拘置所での国定徹との接見を終え、自分の事務所である山中法律事務所に戻った。

山中は事務所のひんやりとエアコンの効いた部屋でずんぐりとした体を椅子に沈め、事務員の森井美幸が淹れたお茶をすすりながら一息ついた。

「先生、依頼人の国定さんとはどうでしたか?」

森井はお盆を胸に抱えながら山中に尋ねた。

「う~ん、それなんだがね・・・どうしようかと」

もうかれこれ十数年来の事務員である森井に、山中はなんら臆することなく胸のうちを開いた。

「やはり、どうすることも難しいですか?」

「そうだね・・・いかんともしがたいなぁ」

「それはそうですよね・・・」

新聞やテレビ報道などで、もういやというほど騒がれていた地元の殺人事件だった。

当然、ニュースで聞き知っていた森井は、山中が国選として弁護することになったこの事件に、勝訴どころか減刑すらも難しいだろうと事務員ながら考えていた。

それでも裁判において被告人に弁護人がつくのは権利であり、特に今回のようなケースは必要的弁護事件であり、いずれにせよ誰かがやらねばならないことであった。

そして、その誰かはその状況に応じて被告人のために最善を尽くさねばならないことを森井としても重々承知していた。

しかし、そうは言うものの、強盗目的で老夫婦を刺殺した被告人を、自分が直接ではないにしろ、弁護しなければならないことに森井は少なからず憤りを感ぜずにはいられなかった。

森井には殺された老夫婦が、自分の両親と年が近いこともあり重なって映っていた。

森井は40を過ぎても未婚でいること、子供もいないことなどを両親に対して申し訳ないと思いつつも、それとは別の次元で両親とさほど年の違わぬ老夫婦が刺殺された事件に少なからず胸が痛んだ。

「それがね、美幸ちゃん」

「はい?先生」

「やってない、って言うんだよ」

「?はい?何がですか?」

「いやね、国定さんね、殺してないって言うんだよ」

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