「ちょっと、お父さん」
「ん?なんだ?」
山中が亜沙子を見ると、喜んでいるどころか怒った顔で、父の顔を睨んでいた。
「お父さん、何、勘違いしているのよ」
「え?」
「あの人は何も悪いことしてないのよぉ、もう」
「え?本当に?だってお前が『そんなの困る』とかなんとか言っているのが聞こえたし、見るからに風体のよくない若者だったから、つい」
「もぉ、あの人は、バイクに乗っていて水たまりで水をはねちゃって、それがわたしにかかったから、謝っていたのよ」
「?」
「それで、クリーニング代とか払います、って言うからそんなことまでしてもらわなくてもいいですよ。そんなことまでしてもらったら返って困ります、って、そういう話だったんだよぉ、もう。いい人だったのに、あんな風に言うなんて、お父さん、最低・・・」
「・・・す、すまん」
「・・・ということがあったんだよ。いや~、まいった、まいった」
翌日事務所に行くと、山中秀行は森井美幸と山本竜二に、昨日起こったことを笑いながら話した。
「へ~、先生もお嬢さんのことになると冷静じゃなくなっちゃうんですね」
森井がくすくす笑った。
「でも、そう言うのってわかるなぁ。思い込みって言うんすかね」と山本も笑いながら続ける。
「そうだね。もう無意識で思い込んでしまっているから、ああなるとダメだね。いや~面目ないよ」
「でもね、先生、確証バイアスっていうのがあるみたいですよ」と山本が言った。
「確証バイアス?」
山中と森井は興味深そうな顔をした。
「振り込め詐欺なんてのは典型ですね。警察が出てきて、弁護士が出てきて、それでは息子さんに代わります、ってなると人間ってもう半分くらいは無意識に、次は息子だ、って信じてしまうみたいですよ」
「へ~そんなもんかね?」
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