「お父さまは大変な読書家だったんですね?」
新島は巴江のいれたお茶をすすりながら言った。
「ええ、昔っからそうでしたね。趣味といえば本くらいで、まじめで、勤勉な人でした。まーくんも、あ、あの真彦も少しは似てくれたらよかったのにね、ってみんなで言っていたんですよ」
「はあ、それはなんとも・・・」
新島は言い淀むしかなかった。
まーくんか、高山真彦は、みんなからまーくん、まーくん、言われて、かわいがられていたのだな、と萩原は思った。
「万年筆もいいものが揃っているし、書く方も目指されていたんですかね?」
「ええ、昔はなんだかそのようなこと言っていたようですけど」
万年筆・・・。
萩原の中で何かが引っかかった。
万年筆がベッド脇のサイドテーブルに置いてあったな・・・。
ということは・・・ということは?
何かたりない・・・そうか、と萩原は閃いた。
「あの、巴江さん、ベッドの脇に小さなテーブルがあって、そこに万年筆があったのですけど」
「はい、それが何か?」
「あそこは片付けましたか?」
「いいえ」
「そうですか・・・万年筆があるのに、メモ帳の類が見当たらなかったのですが。片付けていらっしゃらない?」
「ええ、特には何も」
「そうですか・・・」
日記帳と一緒に真彦が始末したのか?
そうであるような、しかし、そうではないような気が萩原にはした。
「でも、あれだけ本があると結構な値段で売れそうですね?」
新島が巴江に尋ねた。
「いえいえ、ダメですよ」
「え?どうしてですか?」
「いえね、父はメモ魔でしてね。本だろうがなんだろうが、そこら中にメモ書きをしてしまうので・・・」
それを聞いた萩原の脳内に、束の間であるが何かの兆しとおぼしき電気が駆け巡った。
そうか、そうかもしれない、と思いながら萩原は無言で立ち上がり、寝室へ走った。
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