「あ、はい、どうぞ。この前見たら、確か書棚の下にありましたので・・・」
巴江がそう言い終わらないうちに、萩原と新島は書棚の下部にあるノートを取り出した。
高山彦三郎の日記は、ずいぶん古いものから始まっており、合せて16冊ほどあった。
萩原が年号を確認しながら中身に簡単に目を通し、古い年の日記をはじいていくと、日記は去年の夏を境に終わっていた。
「あの、巴江さん、これ去年の夏で終わっているんですけど、続きはありますか?」
「え?そこにあるだけですよ」
「え?・・・新島、もう一度最初から確認だ・・・」
萩原は嫌な予感に捉われた。
やられたか?
真彦にやられたのか?
萩原たちが何度も探してみても、事件があった直前の日記は見当たらなかった。
「巴江さん、去年の夏頃から、彦三郎さんが急に日記を書かなくなったってことはないですよね?」
新島が一応確認のため巴江に尋ねる。
「さぁ、そんなことはないと思うのですけど。どうでしょうねぇ」
巴江も思案顔で答えるしかなかった。
ふん、長年続けていた日記を急に止めるなんてのはないだろ、と萩原はこの状況を苦々しく思った。
「萩原さん、一応、預かりますか?」と新島が日記の束を持ち上げながら訊いた。
「いや、片付けよう」
萩原は無力に首を振りながら答えた。
日記帳を片付け終え、そこにあるはずだった一筋の光を見失い、萩原は再度絶望の淵に立たされた気がした。
重苦しい空気と圧迫感の中、萩原は文机の上にあるドストエフスキーの『罪と罰』を見つめた。
萩原も学生時代に読んだ本だ。
内容はもうほとんど覚えていなかった。
身勝手な思想の青年が、金貸しの老婆を殺してしまう話だったように萩原は記憶していた。
ふ、死ぬ間際に読んでた本が『罪と罰』か・・・皮肉なもんだな、と思いながら萩原は本を取り上げ、ページをめくろうとした。
「お茶がはいりましたよ」
巴江が萩原たちに声をかけ、萩原は本をおいて居間へ行った。
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